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8embody of love8のブログ

自分を愛するということ、自分を信じるということ、自分の宇宙に住むこと

昨年末(?)からのでっかい課題その3

続き、その3です。

そんな風に自分の中に意識体がいる状態になってしまったことで、自分の本心を知るきっかけができたのでした。
また、どうでも良いかって面倒臭くなることは、ハッキリとさせないでいたのに、そんなこともハッキリとさせる必要がある場合があることも分かりました。

そのうちに、心理学を学ぶ講座も終わりに近づき、自分の辛かった経験なども、落ち着いて伝えられるようになっていることや、分かってもらえるって信じて話せるようになっていると気付きました。

本当に何がきっかけで、事が運ぶかなんて分からないものです。

見えない存在に遊ばれたり、付きまとわれて成長するなんて思いもよらなかったです。(慰められた気分になったこともあります。)

今までの人生でも、そうだったんじゃないか…
失敗や不幸と思っていた経験も、全部必要なことだったのではないか…

ふと、生まれた目的がおぼろ気ながら分かってきた私に、昔から父が知らず知らずのうちに私の魂の目的に合った場所に引っ越したり、メッセージをくれていたと思いいたり、パズルの最後のピースがはまった気がしました。

スゴい仕組みでみんなの人生って廻っているのではないか…そうだ。そうだったんだ。

みんなが繋がった、めちゃめちゃ壮大な感動の物語りを生きている、それは、みんなの本来の自分がやりたいことをやるために廻っている …確信しました。

スピリチュアルの本で字ずらで納得していたことが腑に落ちました。


8月になって、夫は私に気を遣うだけでなく、何が言いたかったのか納得がいってきたのか、態度に無理がなくなりました。
私も抑圧された思いの整理がついてきて、切れまくる(^_^;)))ことが無くなりました。

そして、8月末の満月の日。
子どもの宿題のことをきっかけに、パチッと私にスイッチが入り、夫にこの壮大な人生の仕組みのことを話してみようと思いました。

とても長い時間、熱心に話しました。
私たちが愛して止まない子どもの話です。

けれども仕事で忙しく、どの様なことに私が必死になっているのか、本当のところを夫は分かっていませんでした。

これは無理のないことで、観念の違う私の母にも理解をしてもらえていないと思います。

私が何に必死になっていたか、そのなかにも私の本来の人生の目的を掴むことの大きなヒントと経験があったこと、人の行動に失敗などなく、捉え方の方向性で全て肯定できて、納得がいく境地があることなどを、昔のことを例を出して話しました。


話しながら、この話しでは夫が納得できないし、私も何か説明が足りない、
何か説明が腑に落ちない感じがありました。

まだ、私は本来の人生の目的のために生きることに大丈夫だ、という何かが得られていないな…

何をもって、これがあれば大丈夫!と言えるのだろうか。

そんなことが気になりだして、話しを休憩にして、子どもの宿題の進み具合を夫にみてもらうことにしました。

あっ、と閃いて子どもが書いている作文の結末がどんなことになっているか聞いてみました。

すると…作文の結末が私の求めていた答え、これがあれば大丈夫!ということだったのでした。

それは、私が子育てのなかで必死になっていたこと、でもあったのです。
後少し続きます。